2024年12月22日日曜日

年内最終日

平素よりお世話になっております。

農学部新3年、スナイプクルーの松浦世奈と申します。


本日は年内最後の練習でした。

北風の微風から強風のコンディションで、逆デッキ、中デッキ、ハイクアウトの全ての動作を練習することができました。


私自身、今年はスキッパーとして練習に参加させていただいておりましたが、代交代を機にクルーに転向致しました。

11.12月は動作をメインに練習しております。まだまだですが、回航の動作や逆デッキ、中デッキの自分のやり方を確立しつつあります。

これからオフ期間に入ります。ヨットには乗れませんが、トレーニングと座学に励み、より一層成長した姿で、春合宿を迎えたいです。


今合宿からブログにテーマがつけられることになりました。今週のテーマは、「最近あったいいこと」です。

最近あった良いことは、先月引退された先輩がお食事に連れて行ってくださったことです。久しぶりにお会いすることができ、とても嬉しかったです。いろいろなお話を聞くことができて、本当に楽しかったです。


今年も残すところあとわずかとなりました。

来年も本年と変わらず、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。

寒い日が続きますが、お体にお気をつけて、良いお年をお迎えください。



2024年12月21日土曜日

来年への準備

平素からお世話になっております。明治大学国際日本学部2年の一言武優でございます。

本日は年内最後土曜日でした。そのため、部内ミーティングや大掃除をさせていただきました。2025年に新たなスタートを切るためにも、非常に充実した一日であったと存じます。今年ヨットに乗る機会は、明日が最後となります。来年に繋げるためにも、最後まで集中してやり抜かせていただきます。

さて、私の今週あったいいことは大学の難しい課題をやり切ったことです。部活を努力することは当然のことでございますが、学業も疎かにせずに取り組んでいきたいです。

最後までご拝読頂きありがとうございました。


2024年12月15日日曜日

爆風

平素よりお世話になっております。経営学部新3年、470スキッパーの竹澤渉と申します。


本日は、出艇時は2~3m/s程であった風が、10時を過ぎると最大12.7m/sまで吹き上がりました。

新2年生にとっては初めての爆風と波波の中で上下ラウンドを行い、爆風でのタック、ジャイブを経験しました。

午後になっても10m/s以上吹いており、艇数を絞って、帆走練習行い、14時半頃からさらに吹き上がったため、ハーバーバックとなりました。

短時間ではありましたがレースでは走らせたもん勝ちの爆風を経験できたのは非常に有意義なものでした。


年内の練習日も残り2日です。冬の冷え込みも強まっておりますので、体調に気を付けながらも密度の濃い練習を行いたいと思います。

今後ともご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い申し上げます。


2024年12月14日土曜日

成長

平素よりお世話になっております。
政治経済学部経済学科3年の470クルー、落合悠貴です。

本日は、北風10ノットから20ノットという強風コンディションの中、上下ラウンドや滑り、サークリングを中心に練習を行いました。チーム全体で声を出し、良い雰囲気の中で練習に取り組むことができました。

個人的には、最近特にジャイブの精度向上を目指して練習をしています。本日の練習では、潰さずに加速につなげるジャイブの感覚をつかむことができました。小さな手応えを積み重ね、自信と成長に繋げていきたいと思います。

また、1年生も着実に動作が上達しており、その成長を目に見えて感じています。先輩として彼らをサポートしながら、私自身も引き続き基礎を固め、技術を磨いていきたいと考えています。寒さの厳しい冬の練習ですが、この期間を乗り越え、来年の大会で良い結果を残し、明治大学体育会ヨット部に関わる全ての方々、並びに応援してくださる皆様と共に素晴らしい景色を見られるよう、チーム全体で努力してまいります。

今後ともご指導ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願いいたします。


2024年12月10日火曜日

引退ブログ【幹部】マネージャー石田優丞

平素よりお世話になっております。商学部商学科4年マネージャーの石田優丞です。

まず初めに、活動を支えて下さった、監督・コーチの方々、OBOGの皆さまに厚く御礼を申し上げます。ありがとうございました。加えて、絶えず応援を続けて下さった、父母会・校友会・学校関係者様、ファンの方々そしてこの4年間一番近くで支えてくれた両親にも感謝の気持ちを伝えたいです。沢山の方々からのアドバイスや応援、言葉、差し入れ、想い、このような全ての支えがあったから、この4年間を過ごすことができました。本当にありがとうございます。

全日本インカレの結果は総合9位となり目標の6位入賞に及ばず、悔しい気持ちは拭えないです。しかし、これは選手たちと全身全霊を懸けて戦った結果なので、しっかりと受け止めたいと思います。

さて、この場で何を書こうか考えましたが、大切なことは引退ミーティングの際に現役部員に向けてしっかりと伝えたので、ここでは4年間を振り返ってプレイヤーとマネージャーどちらも経験した立場から感じたことと、後輩への応援メッセージの2つを書こうと思います。同期からいつも話が長いと言われてきましたが、文章もまとめるのが下手なようで長くなってしまいました。ご容赦ください。

はじめに、プレイヤーからマネージャーになって感じた応援することの難しさと私にとって特別な「頑張れ」についてです。私は1年生の12月頃にプレイヤーからマネージャーへと転向しました。理由は様々あるのですが、当時やっていた買い出しや動画撮影、朝ごはん準備など、雑用と思われるようなことかもしれませんが、1年生ながら上級生や部活動全体を支えられることに楽しさや、やりがいを感じていました。そのような想いから、全体目標に対して、自分が最大限貢献できるポジションはプレイヤーではないのかもと思うようになり、転向に至りました。この選択は事前に主将など一部の人のみにしか相談せず決断したため、周囲を驚かせてしまったかもしれません。受け入れて下さった先輩方・同期には感謝しています。

この決断により私は、“頑張れ”と言われる立場から、“頑張れ”と言う立場へと変わりました。この立場の変化が私にある変化をもたらしました。それは、選手に“頑張れ”と言いたくなくなってしまったのです。これは決して応援したくなくなったとか、支えたい気持ちが薄れたというわけではないです。一言で表現するのは難しいけれど、今振り返ると自分自身がその言葉を発するに値しないと感じたからなのだと思います。

ヨット競技だけではなく、競技スポーツには共通のことですが、楽しいだけではない部分がいつか必ず来ると思います。私はヨットのそのような部分も知っているつもりでした。その上で、選手たちは練習に打ち込んでいるし、やっぱり頑張っていました。そのために、勢いで“頑張れ”なんて言えなくて、頑張れと言うのが無責任なような気がしてならなくて、プレイヤーの時は沢山言っていたはずの頑張れという言葉が、心から言えなくなっていました。ただそれでも選手たちに響く“頑張れ”を届けたくて、どうすればいいか頭を悩ませました。そして、もし自分だったらどんな頑張れが響くのかを考えました。その結果、そんな素敵な「頑張れ」を言えるのは、その人自身が頑張っている人なのではないかと思うに至りました。つまり、言葉に行動が伴っている人です。その言葉の裏に、行動や時間や努力を重ねてきた人の言葉には重みが出て、それが選手に響くと思ったのです。そこからは、選手が常に練習に集中できる環境づくりをするという目標とともに、選手に「頑張れ」と言うのにふさわしい人になることを目標に、奮闘する日々が始まりました。その過程は、ひけらかすようで嫌だし、長くなるので省きますが、案の定そう簡単には上手くいかず「頑張れ」と言えない日々が続きました。ただ、少しずつチームからの信頼を得ることができるようになる中で、「頑張れ」に代わって胸を張って言える言葉ができました。それは“頑張ろう”です。コーチのように適切なアドバイスもできず、試合結果に直接関与できない人間がこの言葉を言うのは少しおかしいかもしれません。でも、海という戦場で練習を運営することで選手と一緒に戦えている感じが好きだったのと、声に出すことで私も頑張らなければと自らを戒める想いもあり、朝の出艇前や大会前などに好んで使っていました。

結局最後まで、選手たちに「頑張れ」と言える人になれたか分かりませんが、選手たちが頭の片隅で、優丞も頑張ってるんだし頑張ろうと思ってくれた瞬間がどこかにあったら、これほど嬉しいことはありません。私は、戦場までの道をサポートすることしかできませんでしたが、皆と共に戦えたことは本当に幸せで、とても誇りに思います。戦ってくれたプレイヤー・マネージャーの皆ありがとうございました。

続いて後輩たちへ、このかけがえのない時間を同志と過ごせることを存分に楽しんで欲しいです。そして、楽しみ方は自分次第で良いし、その楽しさは自分の姿勢でどうにでもなると思います。

今はまだ遠くに壮大な全体目標があるかと思います。でも個人の力量・技術・知識は何もかも異なります。各個人にチーム内で役割があって、それぞれの課題があって、それぞれの目標がある、だから、楽しさや、やりがい・モチベーションは他人と比べるものではなく、その人の唯一無二のものです。大きいから凄い、小さいからダメなんて次元で決まるものではないです。その楽しさや、やりがいを大切にしてください。

月並みですが、人生は選択の連続です。何かを選ぶということは何かを選ばないということ。言い換えると、何かを捨てなければ何かを得ることはできません。みんなにとって得るものが大きいヨット部生活になりますように。これからはOBとして、いつでも応援しています。

最後になりますが、改めてこの4年間支えて下さったすべての皆様に感謝申し上げます。今後とも明治大学体育会ヨット部へのご指導ご鞭撻をよろしくお願い致します。


 

引退ブログ【会計】マネージャー芝崎光貴

平素よりお世話になっております。明治大学体育会ヨット部4年マネージャーの芝崎光貴です。

日頃より、弊部を応援いただいた皆様に御礼申し上げます。ありがとうございました。この度、ヨット部を引退することになりました。

私は2年生の5月に入部をしてからマネージャーをおよそ2年半ほど務めて参りました。

この2年半を大きく振り返ってみると、しんどいなと思う日々が9割と入って良かったなと心から思える3つの出来事で構成されているなと思います。

入部のきっかけは同じ文学部の地理学科である大石と長谷川が入部を決めたことにあります。1年生の頃はコロナということもあり、サークル活動が制限されているなかで、授業の時間割りもキツく、課外活動に時間を割くことが難しかったです。しかし、2年生になり、ようやく大学生活に落ち着きが見えたタイミングで、ヨット部の勧誘がありました。当時はコロナという状況もあり2年入部に寛容でした。周りの同級生も体育会に所属しており、2人が入部したら大学生活が1人になってしまうという一抹の不安から流されるまま入部したのが実際のところです。

スポーツは陸上をやっていたのですが、大学でスポーツしたいとも特に思っていなかったので、プレイヤーの道は頭になかったです。むしろ高校生の頃は文化祭のクラス企画を2年連続で務めるなど、企画や運営ということに対しての方が強みを活かせると考えて入部しました。

しかし、実際のマネージャーの業務の大変さは想像を遥かに上回りました。それ以上にモチベーションの維持には常に苦労しました。

まず、入部して1番驚いたことは、マネージャーが作ったご飯が不味いと言われて残されていたり、海に捨てられていたり、味が濃いや何やらを直接マネージャー本人に聞こえるように言っている人たちがいる状況でした。今まで19年間の自分が過ごしてきた環境であれば仮に提供されたご飯が美味しくないと感じても、作ってくれた手前、本人にはあまり言えないものかなと思っていたのですが、かなりオープンに言っていたので、これが体育会かと最初は驚きました。

多様性の時代といわれるなかでも男子でプレイヤーを経ずに最初からマネージャーというのは珍しく受け入れられるのかという心配があったのですが、男子マネージャー云々の心配以前に、マネージャーチームがそもそもチームのなかで上手くいってないのではないかと感じ、元々の悩みはどうでもよくなりました。

また、ヨット部のマネージャーはヨット部らしく海に出て活躍していると宣伝があったのですが、先輩マネージャーの操船トラブルなどにより途中でマネージャーが海に出るのが禁止となりました。以降、先輩マネージャーの卒業による引退と、同期や後輩の相次ぐ退部が重なり、4年生にして陸1人で業務を行わなければいけない未来が見えました。

さらに、後輩マネージャーもいなかっため、自分が卒業してマネージャーが居なくなれば、運営業務が滞ってしまうと考え、後輩プレイヤーに運営業務を引き継ぐことが急務になり、とても海に出てみるなんて状況ではなくなりました。

ヨット部のマネージャーは海でも活躍しているとアピールがあった手前、ヨット部のマネージャーなのに海に出ないのはそれはつまりヨット部のマネージャーらしくないのでは。と悩むことが度々ありました。

先輩マネージャーの方も常日頃、しんどいと言っていったり、同期や後輩が辞めていくのを見ていた傍ら、40人くらいのご飯を毎週末作り、学生の長期休暇を充てて、部費まで払って、得ているものは何なのかと悩み辞めようと考えていました。そのため、新歓の度にマネージャー希望の子にもマネージャーの魅力を半信半疑で伝えていた状況でした。

自分としてもその状況に納得がいかず、変えたいと思いました。陸の業務にやりがいを見出すためにも、ご飯屋さんでは極力厨房が見える席に座ったり、日夜YouTube の料理チャンネルを視聴するなど、今までしたことない料理の研究や合宿所の運営課題や住環境の問題の解決に勤しむことにしました。

部活の会計も急遽任されたことで、業務量の忙しさが日に日に増していき、夜の自由時間や消灯後もPC部屋の住人として作業して過ごす日々でした。結果として、今日の会計報告では監督からの厳しいご指摘もあり、自分がやったことは上手く効果には表れず、期待にも応えられなかったのかのと力不足さを感じました。4年間部活に陸マネとして貢献できたのは僅かだったのかもしれません。

それでもやっていて良かったと思うこともありました。

1つ目は本当に良い同期と後輩に恵まれたことです。自分が陸で1人になってから、同期が気にかけてくれたり、陸待機の後輩の子たちが手伝ってくれながら、沢山話したり、毎食ご飯を美味しいと食べてくれたりしたことは本当に嬉しかったです。料理を日夜研究した甲斐があります。また、同期の堤とは部活外に遊戯をしたりする仲になったり、PC部屋にいながらも1〜4年生のたちと雑談できたりたのは良かったです。4年生では皆んなのためにと続けられたのかなと思います。

2つ目は4年生の春・秋インカレで総合入賞取ってきてくれたこと。全日本両クラス出場し、最後の全日本ではレスキューに乗せてくれたこと。そのときにスナイプ級のシングルラッシュをこの目で見れたかとです。部としてはまだ十分に満足いく結果ではないのかもしれないですが、自分にとっては十二分嬉しかったです。また、個人的ではありますが地理学専攻の2人が大会にメンバーとして試合に出て、同じクラスの応援団の子が4年生として応援団を引き連れて応援をしてくれていた光景は一生忘れられない良い思い出です。

最後にマネージャーの後輩2人が入部してくれたことです。4年生にして後輩を持つのは始めてで、自分が経験してきた悩みの傍らどうやったら2人が楽しく部活を続けてくれるかを考えるのに必死でした。そして2人が自分が持った悩みや辛さを感じないためにはどうすればいいかと考える日々でした。そうしたなかでも、2人と活動していて楽しかったというのが振り返れば何よりも1番の感想として残っています。同じタイミングで入った2人ですが、2人にも個性があって、1人1人とようやく向き合えるようになった手前、離れてしまうことは、残念です。まさか最後にして思うことが、もう1年続けたいになるとは思わなかったです。先輩が「自分たちに接してくれたように後輩に接してあげたい」と言ってもらえたことは、この2年間半の自分に素晴らしい意味合いを持たせてくれました。こうして振り返ってみれば、最後の1年間はどこか支えている立場でいて、実は支えられていたようです。

おそらく今後社会に出ていけば、同じような悩み方をするかもしれませんが、たまにある複数回の嬉しさを信じて頑張っていこうと思います。

今後ともヨット部のご支援ご声援の方ほどよろしくお願いいたします。ありがとうございました。



引退ブログ【幹部】桑野明日佳

お世話になっております。商学部4年スナイプスキッパーの桑野明日佳と申します。

まず初めに、この4年間を支えてくださった両親、指導者、マネージャー、サポートしてくれた全ての方々に心から感謝申し上げます。どんな時も支えてくださり、共に過ごしたことが私の宝物です。

私がこの4年間で最も成長したと感じることは「人間性」です。入部当初、向上心や成長意欲は強かったものの、高校と大学の部活の違いに驚き、特に部活の緩さに不安を感じていました。先輩に不満を伝えても響かず、意見が採用されないことが続き、「ここは間違った部活に入ってしまった」と思ったこともありました。特に、1年生で470クルーをやり切った後、2年でスキッパーにコンバートされた際には、悔しさが込み上げました。その時、「お前はただクルーで気持ちよくなりたいだけだろ」と言われ、悔しさを胸にスナイプスキッパーへの決意を固めました。スナイプスキッパーになったからには、絶対に這い上がり、勝つという強い思いで練習に取り組みました。春合宿では、週6日、週7日の練習を繰り返し、毎朝早く起きて練習の準備をし、夜は動画を見て反省、目標を立てて出艇していました。練習量に対して自分自身にかける期待が大きかったものの、思うような結果が出ず、悔しさを感じることが多く、ペアとぶつかることもありました。その時、ペアから「みんながみんなやる気を持って部活に取り組んでいるわけじゃないんだよ」と言われ、この言葉が私にとって大きな教訓となりました。

そこで、「見切りとある程度の諦め」の大切さを学びました。すべてを自分の思い通りにできるわけではなく、他人に対して過度な期待をしないこと、他の人の考えや気持ちを汲み取ることの重要性を感じました。同時に団体行動の難しさも学びました。一人一人が異なる考えを持つ中で、チームとして連携を取るのは非常に大変であり、意見の食い違いで悩むこともありました。しかし、団体で成し遂げることの重要性を実感し、それが成長の糧になったと感じています。

この4年間、数えきれない挑戦と学びを通じて自己成長を実感しました。挫折や悩みもありましたが、それを乗り越えることで強くなり、今の自分を築くことができたと感じています。引退後は、この貴重な経験を次のステージに活かし、さらに成長していくことを目指します。そして、新しい挑戦に立ち向かうために、今回学んだことを糧にして、さらに努力を重ねていきたいと思います。

4年間、本当にありがとうございました。


2024年12月8日日曜日

西風強風北風強風

お世話になっております。

理工学部建築学科2年の服部です。


午前中は、全然通過に伴う西風と相模湾らしい大きなうねりの中で練習を行いました。動作練習に慣れてきた新2年生ですが、今日のような珍しい環境では、まだまだ練習が必要なようでした。

しかし、先輩方の指導や同期の連携もあり、短期間でとても上手くなっていると感じております。今後の成長が楽しみです。

午後は、北風の強風で、スタート・コース練習を行いました。シフトとガストが激しいコンデションでしたが、冬らしい北風の中声を上げて、スナイプらしい雰囲気で取り組めたと感じております。


年内の練習も残り2週となりました。合宿所の大掃除や艇体整備なども予定しており、締めくくりに向けて準備を進めているところであります。


最後になりますが、今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します。


引退ブログ【幹部】大石克

平素よりお世話になっております。

今年度470クルーとして活動しました、文学部4年の大石克です。

先日の全日本インカレをもってヨット部を引退して1ヶ月経ちますが、卒業論文作成に追われており、思い出に浸る間もない日々を過ごしております。

引退ブログを書くにあたって改めて振り返ってみると、私が充実した大学生活が送れたのはヨット部のおかげであると感じました。

私は2年生からの入部だったのですが、それまでの私はサークルにも所属しておらず、バイトと単位取得のための勉強のみを行う無気力な大学生活を送っていました。そのため、体育会の部活に入ればそれだけで成長でき、充実した大学生活になると考え入部しました。

しかし、実際に入部すると、周りの部員は自分で考え、目標に向かって努力できる人ばかりで、言われたことだけをやるだけではこのような人達に追いつけないことを学び、自分の考えを改めることが出来ました。その結果、自分の成長を感じることができ、充実した大学生活をとなったと思います。一方で周りの部員を見ると資格勉強や留学など、自分以上に努力を続けている人ばかりなので、負けないように努力し続けようと思います。

このようにヨット部で過ごした3年間のおかげで、様々な素晴らしい体験ができ、清々しい気持ちで引退できると思っていましたが、いざ引退してみると、「なぜ1年生からヨット部に入部しなかったのか」「最後の大会に選手として出場したかった」「総合入賞を成し遂げてみんなと喜び合いたかった」といった悔しさが芽生えてきました。

自分はこの気持ちに引退するまで気づかず、来年の大会で後悔を晴らすことが出来ません。後輩達には引退する時に自分のような気持ちになって欲しくないと思うので、全力でヨットに向き合い、目標を達成して笑顔で引退して欲しいと思います。

これから大学を卒業し、社会人としての生活が始まりますが、ヨットで晴らせなかったこの悔しさを晴らすため、同期の部員達に負けないために努力していきたいと考えております。

また、このように素晴らしい環境の中で、ヨットに打ち込むことができたのは、OBOGを初めとする多くの関係者の方々から支援をいただけたからだと感じております。今後は自分もOBとしてサポートする側に回りますが、自分が受けた恩を返せるように、できる範囲で支援していきたいと思います。

最後にこれまでお世話になった同期、先輩、後輩、監督コーチ陣、OBOGの方々、大学関係者の方々、保護者の方々、応援団、他大学のヨット部の方々、全ての方々に感謝致します。ありがとうございました。

これからも明治大学体育会ヨット部をよろしくお願い致します。


引退ブログ【幹部】豊満陸

平素よりお世話になっております。

政治経済学部政治学科4年の豊満陸です。

はじめに、監督、コーチの皆様、OB・OGの先輩方、4年間多大なるご指導、ご鞭撻をいただきありがとうございました。

小松原さん、保護者の皆様、父母会・公友会の皆様、試合やファミリーデーでたくさんのご声援をいただきありがとうございました。試合の前にご挨拶に伺うと、いつも楽しい話や激励をしてくださり、とても嬉しく、緊張と不安に負けそうな日も勇気が出ました。一緒に歌った紫紺の歌や描いていただいた絵は一生の宝物です。

そして、4年間私の選択を疑わず、試合の際には岐阜から応援に来てくれた母と、いつも心の中で共に戦ってくれた父。会う度に「まだ部活してんの?」と疑い続け、笑い飛ばしてくれた妹、かわいい愛犬達には感謝しかありません。お陰様で、挫折しか味わったことのなかった学生生活の部活動の思い出を少しだけ彩を持って締めくくることが出来ました。本当にありがとう。

引退から早くも一ヶ月が経とうとしています。3年間あれほど嫌だった冬の到来を感じる日々を、今年は全日本への熱い思いが冷めて行くことに寂しさを感じながら過ごしています。

全日本インカレは、総合9位(470級12位、スナイプ級11位)という結果に終わりました。改めて、多大なるお力添えをいただいたにもかかわらず、結果で恩返しすることが出来ず大変申し訳ございません。

全日本インカレの4日間は、4年間思い描き続けてていた以上にあっという間に過ぎ、それ以前の辛く苦しい日々が霞んでしまうくらい圧倒的でした。

何も知らずに入部した1年生の時には、部活以外の選択肢を捨てきれない私に、4年生の先輩方が面談時に親身になって、様々なアドバイスをしてくださいました。今でもあの時いただいた一つ一つのお言葉が宝物で、その言葉を胸に先輩方の後姿を4年間追いかけてきました。

2年生は同期との差を感じる苦しい日々でしたが、成田先輩と石塚先輩にクルーとして育てていただきスタートしました。当時の4年生のユーモアと熱い思いを秘めて取り組まれている姿に憧れ、いつかこんな優しくて熱い先輩になりたいなと夢見ていました。


ペアで船に乗る機会も与えていただき、「同期が3人増える」という僕たちの代の一転機となりました。今では勝手に東京でできた弟のように思っている新4年生とも出会えて、ヨット部で4年間を過ごすのもいいなと感じ、卒部まで至ることが出来ました。新4年生の5人、本当にありがとう。

3年生の1年間は、新歓責任者から始まりました。新3年生との素晴らしい出会いに恵まれ、今年の一年間は彼らから沢山の刺激を受け過ごしました。下を向いてしまいそうな時には、いつもみんなの姿を見て、自分も頑張らないとと鼓舞されていました。


「一丸」を体現した様なチームは、4年生の先輩方によって目標達成の為に、下級生の力を引き出そうと考え抜かれた様々な工夫と努力の上に成り立っていました。私自分もその偉大さに甘え、たくさんのご迷惑をおかけしました。競技面においては、日本トップクラスの方々と並走する機会をいただき、自分自身との圧倒的な差に直面しました。成長の必要性とそれを上手く実現できない葛藤に苛まれた1年でした。

そして4年生の一年間、競技に悔い有り、組織に悔い有り、学連に悔い有り、エールに悔い有り、といった具合です。目標達成への悔いを数え始めると、その量に自分自身を疑い、4年間を見失いそうになってしまいます。しかし、数えていく過程で思い出し、笑ってしまいそうになる一つ一つの思い出が、後悔すらも見えないくらいに煌々と輝いています。


そんな思い出を作ってくれた同期には、感謝しかありません。


本当に4年間お世話になりました。ありがとう。

僭越ながら後輩のみんなへ。最後のミーティングで伝えたかったことですが、

「どんな理由であれ、入部するときに感じた些細な運命を4年間、信じ抜いてみてほしい」

ということでした。続けることは難しいですが頑張ってください。心から応援しています。

少しだけ自分に自信がついた4年間でした。

ここからの人生、ヨット部での思い出を大切に歩んで行きます。

4年間、ありがとうございました。



2024年12月7日土曜日

男磨き

平素よりお世話になっております。

470スキッパー新3年の西村拓真です。


クリスマスを直前に控え、焦る気持ちもありますが、すっかり冬で視界も良くなり富士山が綺麗に見える季節になりました。選手たちは1番暖かいウェットスーツを着る人も増えてきました。


さて今日はあまり風が吹かない予報でしたが、午後になると南風の8m/sほど吹いてきました。


新体制になり、冬オフまでの期間は下級生クルーの練習を中心に行ってきました。私は動作を極めるべく、ラウンディングではタック、ジャイブを数多く入れ練習しました。

明日は470級では1年生による艤装・解装テストを実施します。私は去年度の主将とペアを組んだ時に艤装・解装の早さを目の当たりにしました。

早く片付けてシャワーをして、寒がってる人を横目にバーチャルレガッタをするために、解装に誰よりも力を入れてきました。

解装には自信を持っているので自分の教えた後輩がトップでマストダウンすると思います。笑


一方で、部員の数名は町内会による街の掃除をしました。普段、こうして練習・合宿をさせていただいているこの街に少しでも貢献できたと思います。


クリスマスを充実させるために日々男磨きに励んでいます。ヨットも恋愛も「貪欲」にがんばります。


応援よろしくお願いします。


また、本日は引退した四年生にお越しいただき、代交代式を行いました。四年生の皆さま、四年間お疲れ様でした。


引退ブログ【幹部】吉田光貴

平素よりお世話になっております。

今年度スナイプクルーとして活動させていただきました、農学部農芸化学科4年の吉田光貴です。

 

まず初めに、これまでに支えてくださった監督やコーチ陣、OBOGの皆様、大学の関係者の皆様、保護者の方々など、明治大学体育会ヨット部の活動を支援してくださった全ての方々に厚く御礼申し上げます。

 

さて、江ノ島での全日本インカレから早くも1ヶ月が経とうとしていますが、いまだに土日になると部活のことを必ず思い出し、家にいるにもかかわらずソワソワしてしまうような日々を過ごしております。

 

今、私が取り組んできたヨット部の4年間を振り返ると、「後悔はない」という一言に尽きます。私自身ヨットに真摯に向き合い、やり切ることができたと感じているのが正直な感想です。


ヨット部で得られた経験や、優しく導いてくださった先輩方、愉快で暖かい同期、頼もしい後輩たちと出会えた人との縁、その全てが自分には勿体無いほど素敵なものであったと感じております。そんな仲間たちと、切磋琢磨しあい、またチームとして支え合えた4年間はとても刺激的で楽しかったです。

 

ここからは私自身の4年間での経験を振り返ってみたいと思います。


私は、4年前愛知県から上京してきました。コロナ禍で活動している部活やサークルがとても少なかったため、入学式や新歓などではあまり活気がなかったように感じました。そんな中、ヨット部の試乗会に参加させてもらい、とても暖かい部活の雰囲気と、全員が同じ目標を目指して活動しているところがとても格好良く見え、自分もそうなりたいなと思い入部を決意しました。

 

1年生の頃は、自分自身が人見知りであったため、同期ともそんなに話すことができなかったです。また、ヨットの動作がなかなか上達せず、ミスを恐れてヨットに乗るのが少し怖いと感じることがありました。そんな中、上級生の方が陸で相談に乗ってくださったり、親身になって話しかけてくださったりして頂きました。そういった上級生の方々のサポートもあり、日々の練習、ひいては部活動に少し前向きに取り組むことができました。当時、支えてくださった先輩方には今でも大変感謝しております。

 

2年生から、自分にも後輩ができました。初めは、こんな自分が先輩でもいいのだろうかと心配に思い、自分には何ができるのかを考えたこともありました。しかし、そんな気持ちとは裏腹に、どの後輩も自分と仲良くしてくれて、自分自身が励まされることが本当にかったです。少しでも格好いい先輩になりたいと思い、練習にも本格的に身が入るようになりました。

 

3、4年では、桑野と2年間ペアが変わることなく、ヨットに取り組みました。練習やレースでも二人で励まし合いながら、頑張ることができました。レースでも練習でも高い志を持って取り組み、ずっと同じペアであったため喜びも悔しさもひとしおでした。数えきれないほど行ったマーク回航やタック、ジャイブをもう行うことがないと思うと、やっぱり少し悲しいものがあります。

 

最後の大会では、チーム明治スナイプとして、一丸となって取り組むことができました。それぞれがベストを尽くしてレースに臨み、結果としてスナイプは11位という目標に届かない結果となりました。その結果に悔しさはありますが、3年の岡元・大野ペアは3位という好順位を取ることができ、次の世代に繋げることができるポジティブな結果も得られることができました。入部から見てきた二人が、全国の舞台で素晴らしい結果をとれたことが自分のことのように嬉しく、4年が引退しても大丈夫だと結果で示してくれました。

 

書ききれないほどの思い出をヨット部の活動の中で得ることができました。その思い出の全てには、同期や後輩、先輩方、ペアなど、素敵な仲間たちに彩られています。やはり、ここまで書いていても、恵まれた人たちとの縁には感謝しかありません。

 

最後にはなりますが、今までご指導いただきました波田OB会長、吉田監督、このヨット部での活動に関わってきた全ての人たちに感謝を申し上げます。この貴重な体験を通じて本当に充実した大学生活を送ることができました。これからはヨット部での経験を糧にして、明治大学体育会ヨット部の看板に恥じないような社会人になっていきます。

 

PS 後輩のみんなへ、いつも陰ながら応援しています。これからも元気に頑張ってください。


引退ブログ【幹部】岡田慎之助

お世話になっております。理工学部電気電子生命学科電気電子工学専攻4年の岡田慎之助です。

この度、4年間お世話になった明治大学ヨット部を引退することとなりました。まずはこれまで支えてくださった全ての方々に、心より感謝申し上げます。


先月行われた全日本インカレでは、470級12位、スナイプ級11位、そして総合9位という結果に終わりました。目標としていた総合入賞には遠く及ばず、非常に悔しい気持ちでいっぱいです。しかし、レースを振り返ると、風が安定せずレースが行えなかった初日を除き、残りの3日間は全チームが実力を発揮できる環境での戦いだったと感じています。その中で自分は全レースに出場させていただきましたが、チームの期待に応える走りができず、悔しさと申し訳なさを痛感しています。


得意としていた強風コンディションでは納得のいく走りができたものの、課題であった微風域で大きく崩れてしまったことが、4年間の大きな心残りです。入部当初から苦手としていた微風を克服しきれなかった自分の努力不足を痛感しています。しかし一方で、大会に向けての準備においては、自分やチームの現状を冷静に分析し、大会までの限られた時間を考慮して、目標や目的を絞り込むことができたのは大きな成長だったと感じています。


その結果として、大会中は艇体トラブルもなく、自信を持って挑むことができた風域や得意な下スタートを成功させることができました。これらはヨットの技術という枠を超え、自己信頼や準備の大切さを学ぶ貴重な経験となりました。


正直なところ、何度も自分はヨットに向いていないのではないかと感じた瞬間がありました。また、学業が忙しい中での部活動は非常に厳しく、辞めてしまおうかと悩んだこともあります。それでも「文武両道」を大切にしてきた自分自身を信じ、4年間をやりきることができたのは、大きな意義があったと思います。ヨット部での経験を通じて、困難に立ち向かう力や自分を信じる強さを学ぶことができたことは、これからの人生において大きな財産になると感じています。


また、ヨット部にはセレクションで入部した選手もいれば、一般生としてゼロからスタートした選手もいます。さらに、一般生の中でも、部活動への熱量やヨットに対する思いは一人ひとり異なります。それは当然のことであり、どちらか一方がもう一方を否定することがあってはならないと感じています。そんな多様な背景を持つ仲間たちが、共通の目標に向かって協力し合えるようにするためには、常にお互いを尊重し、同じ方向を向ける環境を考え続けることがとても大切だと思います。この4年間、仲間たちとともにその「協力の形」を模索し続けた時間は、自分にとってかけがえのないものでした。


ヨット部での活動を通じて得た経験や学びは、今後の人生においても必ず活かしていきたいと思っています。特に、目標に向かって綿密に準備を重ねることや、仲間とともに困難に立ち向かう姿勢は、これからの挑戦においても支えとなるはずです。


最後になりますが、これまで支えてくださったコーチ、監督、先輩、同期、後輩、そして家族に心から感謝申し上げます。この感謝の気持ちを忘れず、社会に出た後も自分を磨き続けていきたいと思います。


4年間、本当にありがとうございました。



2024年12月6日金曜日

引退ブログ【渉外】堤祐人

平素よりお世話になっております。

今年度470リーダー兼渉外を務めさせていただきました470クルーの堤祐人です。

 
引退にあたり、自分について見つめ直す機会を「引退ブログ」という形でいただきました。入部してから、現在に至るまでを振り返っていきます。私事ではございますが、お付き合い頂けたら幸いです。
 
入部当初、先輩方目標が張られていました。その中で一番印象に残っている言葉は当時4年だったS先輩が記していた「今日が一番若い日に」です。意味は未来を見据えた場合今日が一番若い日である。だからこそ今を楽しもう。これまでは視点が過去に向いていたために、この意味が理解できなかったと痛感しました。過去ばかり気にするのではなく、先を見据えて行動することの大切さを学び、4年間の目標としました。


下級生では自分のことで精一杯でしたスキッパーに「ヒールかけて」と言われ、スキッパーの横に居座りアンヒールをかけ続けたこと。強風の中、スキッパーにメインを離され、海に浸かったまま艇体から離れてしまったことなど失敗しながらも成長していきました。
 
しかし、チームを率いていく立場になった時に、視点が広くなったことを覚えています「立場が人を変える」という言葉があるように私自身、チームを第一に考えるようになり、物事の考え方が変わりました同期や後輩と、「チームいかに良くるか考える経験が、かけがえのないものだったと感じております。
 
明治大学体育会ヨット部の活動で人間的に成長できたと自負しています。色々な性格の部員に出会い、人との関わり方を学ぶことができました。言い方一つで関係性が良くも悪くもなります。価値観が違いつつも、同じ合宿所で生活している以上、仕方がありません。相手のことを考えて発言する大切さを感じました。宿泊がデフォルトの経験は、初めての経験であり、刺激的な日々でした。
 
後輩たちには是非とも「人間的な成長」を遂げてほしいと願っております。この4年間はかけがえのないものです。充実した日々を生かすも殺すも自分次第。他人任せではなく、各部員が自主自律をして伝統あるヨット部を運営してほしいと思います。そして、「今日が一番若い日」になるよう楽しんでください。
 
 
私は4月から新たなステージに立つことになります。これまでのかけがえのない経験を活かして、この先待ち構える苦難を乗り越えていきます。先を見据えて今を楽しむ「今日が一番若い日」なるような人生を歩んでまいります。
 
最後にはなりますが、明治大学体育会ヨット部に関わっていただいたすべての方に感謝申し上げます。多大なるご支援をいただき、部を運営することができました。誠にありがとうございました。今後はOBとして活躍を見守ってまいります。頼もしい後輩たちがたくさん在籍しております。安心して、この伝統ある部活を託すことができます。
 
これからの明治大学体育会ヨット部もよろしくお願いいたします。
 


引退ブログ【主務】長谷川聖斗

平素よりお世話になっております。

2024年度主務、そしてスナイプクルーを務めさせていただきました、文学部史学地理学科4年の長谷川聖斗です。

まず初めに、吉田監督、コーチ陣の皆様、駿台セーリングクラブのOB・OGの皆様、保護者の皆様をはじめとする全ての関係者の皆様には多大なるご支援、ご声援をいただきまして誠にありがとうございました。私たちは全日本総合入賞を目標に掲げて1年間活動して参りました。11月に江ノ島で行われた全日本学生ヨット選手権大会では、470級12位、スナイプ級11位、総合9位と目標には遠く及びませんでした。応援していただいた方々には申し訳ない気持ちで一杯です。

私たちが達成できなかったこの目標を、来年こそは必ず後輩たちが達成もしくは超えてくれると思います。今後とも明治大学体育会ヨット部へのご指導、ご声援のほどよろしくお願い致します。

さて、私自身のお話にはなりますが、少々お付き合いください。

私は2年入部でしたので、実質2年7ヶ月ヨット部に在籍し活動しました。本当に短い期間ではありましたが、充実した部活動だったなと引退して感じています。そろそろヨットに乗ってもいいかなと思う瞬間もあったりなかったり…。

突然ですが、振り返るといろんなことがありました。

入部した当初は、マネージャーをやろうと思っていましたが、当時の4年生の勧めもあり、気づいたら入部から2週間後にはスナイプクルーになっていたこと。

初めての夏合宿で、先輩に下級生クルーの中でまさとが1番下手だと言われ、2年入部である私はものすごく危機感を覚えたこと。

2年の3月から1ヶ月ほど、4人ペアという普通ならありえないペアで組んでいたこと。

入部して1年間でクルーとしては未熟ながらも、スポーツ推薦の小山と乗ることになり、最後の最後まで喧嘩したり怒られていたこと。

30597を毎日整備していた3年の夏合宿。

最後の関東個選の最終レースで小山と2位を取れたこと。

3年ぶりにスナイプが全日本に出場できたこと。

そして本当に悔しい思い出ですが、最後の全日本に出れなかったこと。

悔しかった思い出、楽しかった思い出、嬉しかった思い出、いろんな思い出がありました。今思うとどれも輝いて見えます。そう見えているのは、2年7ヶ月間ヨットと部活動に対してどんな時でも真剣に向き合ってきたからなのかなと思っています。なので今ではヨット部で活動したことを誇りに思っていますし、その経験が自分の自信にも繋がっていると思っています。

また、何よりも活動を共にしてきた同期、先輩方、後輩達の支えに力をもらいここまで活動できたと思います。本当に感謝してもしきれません。そしてそんな仲間達、先輩方との合宿所での生活は最後の学生生活にふさわしい、かけがえのない思い出です。

次に、後輩達に伝えておきたいことがあります。それは明治大学体育会ヨット部にいることを誇りに思ってほしいということです。これは一般生、セレクション関係なく、今そこに自分がいることは本当に貴重なことです。そう思っているのは冒頭でも話した2年入部と関係しています。私は1年生の時、授業か遊びかバイトか寝るかみたいな生活でした。この生活が悪いとは言いたい訳ではないですが、自分としては後悔するに違いないと思っていました。このように大学生活は良くも悪くも色々なことが自由にできます。そんな中でも、部活動をする人はまず少ないです。一つの目標に対してひたすら努力し続け、時には部員同士で衝突したり、いろんな人からのプレッシャーを乗り越えたりという過酷な環境です。そしてヨットはお金もかかるし、夏は暑いし、冬は寒いし、勝てないと本当につまらないスポーツ。つまり、そんな環境に飛び込んで、ヨットをしているみんなはもちろん良い意味で普通ではありません。だからこそヨット部にいることに誇りと自信を持ってほしいと思います。

もちろん辛いことも多いです。しかし、あなたのことを助けてくれる人、受け入れてくれる人は必ずいます。みんなのことを信じて話してみてください。ヨット部での自分の在り方がきっと分かるはずです。いろんなことがありますが、自分が今経験できている全てのことは自分の成長に繋がります。どんなことがあっても諦めず目標に対して貪欲であってほしいです。

長くなりましたが、改めて吉田監督、コーチ陣の皆様、同期、後輩、先輩方、そして1年半ペアを組んでくれた小山には心より感謝申し上げます。

そして今後は明治大学体育会ヨット部のOBとして、何か協力できることがあればしていきたいと思っております。

今まで本当にお世話になりました。貴重な時間を過ごすことができて幸せでした。本当にありがとうございました。


2024年12月5日木曜日

引退ブログ【副将】平田竜士

 平素よりお世話になっております。

2024年度副将を務めておりました、平田竜士です。

はじめにこれまでお世話になった監督、コーチ、OB会、父母会、保護者の皆様そして明治ヨット部を応援し、支えてくださった全ての皆様に心より感謝申し上げます。

さて、いよいよ引退ブログを書くときが来てしまいました。この4年間を振り返ると多くを経験し、その中で数えきれないほどの思い出があります。

入部当初、スターボとポートの違いも分からず、ただひたすらに動作ができるようになろうともがいた日々。練習前日に配艇を見て、絶望で一睡もできなかったあの夜。あすかと出た爆風の関東個戦(APAが上がりほっとしたのはここだけの話)。のすけと一緒に写真写りのために下1を狙い続けたことも(笑)。

引退した今、きつかった思い出より楽しかった思い出が都合良くもやや多めに記憶に残ってます。

正直なところ、ヨットの面白さを感じられず、土日はバイトをして旅行に出かけたりする普通の大学生を羨ましく思う時期もありました。

それでもこれまで続けてこられたのは、幸運にも人に恵まれ、この部活が楽しかったからです。そして、それは間違いなく今まで出会ってきた全ての方々のおかげだと思ってます。

生意気にちょっかいかけても笑って許してくれた先輩。あるときには消灯後に一緒に日本シリーズを見て、それがバレてしまい当時の主将に怒られたこともありましたね笑。

コンビニ行って部屋でダラダラとくだらない話に付き合ってくれた後輩も。おかげで関西弁も上手くなりました。知らんけど。

真剣な話もふざけた話もして、4年間いろんなことがあって、たくさんの笑い話ができる同期がいたからです。

そんな素晴らしい先輩とそこそこの同期とまあまあな後輩に恵まれて、4年間楽しい合宿所生活を過ごすことができました。ありがとうございました。

とまあ思い出を振り返るのはこの辺りにして少し真面目な話をしたいと思います。

冒頭で私は人に恵まれたと述べましたが、それはただ一緒にプレーをした人たちに限りません。ヨット部での出会いを通じて、新たな価値観を見つけました。

それは「人のために頑張る」ということです。

私はこれまで水泳や野球、バドミントンといくつかスポーツをしてきました。幼心ながら上手くなりたいと思い、自主練習にも励んでいました。その動機は「ヒットを打ちたい」、「速いスマッシュを打てるようになりたい」、「自分が試合で活躍したい」という「自分のために頑張る」というものでした。

しかし、ヨット部での活動を通じてその考えは変わりました。

多くの人々と出会い、多くの方々が自分たちの活動を応援してくれることを肌で感じたからです。

忙しい中、練習を見に来てくださる監督や波田さん、ゆうだいさん。レース結果を気にかけてくださり、良いときは共に喜び、悪いときには共に悔しがってくださるOBの方々。レースやファミリーデイのときにはわざわざハーバーまで足を運んでくださる父母会の皆様。そしていつでも温かく応援してくれる保護者の皆様。

部活動を通じて自分たちがこんなにも多くの方々に支えられ、応援されていると知り、

「期待に応えたい」

「応援してくれる人に喜んでもらいたい」

と思うようになりました。


そしてこの思いは間違いなく、この1年間の私の原動力でした。

自分たちがやってきたことで、それを応援してくれる人たちが喜んでくれるのが嬉しかったです。

「また頑張ろう、結果を残そう」と思えるようになりました。

だからこそ、私は人に恵まれていたと思います。

多くの方々が、学生の活動をサポートし、応援してくれる明治大学ヨット部に所属できて本当に良かったです。

改めて感謝申し上げます。


来年からは活動する側ではなく、応援する側になります。私が皆様からのご声援で頑張ってこれたように、私のささやかな気持ちで現役部員が少しでも頑張ろうと思ってもらえるように、これからはヨット部の活動を精一杯応援していきたいと思います。

最後に、後輩に向けて僭越ながら一言述べたいと思います。


「頑張って、応援は行けたら行く」


ヨット部で培った学び、そしてご縁を大切に、立派な社会人になります。

今までありがとうございました。




引退ブログ【主将】後藤玲音

お世話になっております。

2024年度主将を務めさせていただきました、470クルーの後藤玲音です。

 

既にお伝えしてある通り、先日行われた全日本インカレでは470級12位、スナイプ級11位、総合9位となりました。目標としていた総合入賞からは遠い結果となってしまいました。サポートして頂いた皆様に、結果で恩返しすることが出来ず、申し訳ない気持ちです。

 

今年は、「共超」のスローガンのもと、下級生を含めた全部員が主体性を持てるようなチーム作りを行いました。具体的には、4年生と下級生での面談を実施したり、日頃の練習メニュー決めや部の方針決めから下級生の意見を聞いたことで、下級生でも部活に対して自分の考え持ち自由に発言し、個々が成長できるような環境を作れたのではないかと感じています。常にモチベーション高く、自主的に動いてくれた後輩たちのおかげで、理想としていたチーム像に近づけたと思います。


しかし4年生の責任として、練習時間の確保や部の規律に関しては課題が残ったように感じます。後輩たちにはしっかりと引継ぎを行い、引退の時に後悔が全くないようなヨット部生活を送ってほしいと思います。

 

ヨット競技は身体的にも精神的にもつらいこともある上、合宿所でも部員と意見が食い違って衝突したり、様々な大変なことがあると思います。しかし、一つの目標に向かってみんなで努力し、切磋琢磨していく生活自体がかけがえのないものだと思います。また部活を運営していく上では、部員一人一人の考えが違うことを知ったうえで、突き放すのではなくしっかりと話し合うことが何より大事だと思います。

年次が上がっていくごとに、部活の全体像が見えてくるようになります。責任も背負うことになりますが、できることの幅も広がり、やりがいも増えて時間経過があっという間に感じると思います。先述した通り後悔の残らないように、「見えるものを見落とすな」、まずは目の前の1日、1つ1つの練習に全力で臨んでほしいです。

 

私自身に関しては、4年間を通してかけがえのない経験をたくさんさせていただきました。2年生からレースに出させていただき、主将も務めさせていただきました。ヨット部での生活を通じて、莫大な経験値を積み、人として少し成長できたような気がします。

何事においてもつたない部分しかなかったかと思いますが、監督コーチ陣や支えてくれた家族、ペアのスキッパー、ついてきてくれた後輩、そして支えてくれた同期のおかげで、4年間頑張り続けることができました。心の底から感謝しています。

この4年間はとても色濃く記憶に残り、自分の人生の糧になると思います。ヨット部に入ってよかったです。

本当にありがとうございました。


2024年度主将 後藤玲音




2024年12月1日日曜日

初陣

平素よりお世話になっております。理工学部3年の瀧川裕貴です。


本日は待ちに待ったスナイプ新2年生の初陣、金猫杯がありました。本日は西〜南の1〜3m/sの微風コンディションの中、大会に臨みました。最近の練習では強風が続いていたということもありロールタックをはじめとする微風の動作練習をあまりする機会がなく心配ではありましたが、各々微風動作の動画を見てのシュミレーションや目標設定をしてなどして大会に臨むなど聞き安心しました。


今年の金猫杯では全日本470級の大量DNFを彷彿とさせる結果となりました。明治スナイプも大半がDNFとなってしまいましたが新2年生にも1レース1レースの大切さを実感してもらえたかなと考えております。


最後になりますが今日は富士山が綺麗でした。


本当に最後となりますがOB/OGの皆様をはじめ日頃から応援してくださっている皆様には今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。